新しい仕組みを、
現場にどう使ってもらったのか
導入事例の主役は、たいてい「何を入れたか」と「どれだけ変わったか」だ。だがその間には、記事の脇に数行だけ書かれる工程がある——現場に使ってもらう、という工程だ。今のやり方で仕事は回っている。新しい道具は、慣れるまで仕事を遅くする。この壁を、実際に導入した会社たちはどう越えたのか。事例本文の導入・定着のくだりだけを拾って横断すると、対応はおおまかに4つに分かれていた。
対象と範囲:当サイトの掲載事例のうち、課題・施策の本文に導入時の進め方や定着の工夫が具体的に書かれていたものを編集部が拾い、整理した。導入の進め方は多くの事例で詳述されないため、ここに並ぶのは「書かれていた事例」であり、各対応の採用率や成功率を示すものではない。
一導入時にぶつかった壁
壁1現場は、今のやり方で回っている
建設会社の菅根開工社の事例には、DX推進に伴って「現場スタッフが業務を失うのではないか」という不安があったと明記されている。通関業の名港海運では、資格と実務経験が要る属人的な業務体制そのものが、新しい道具の入りにくさになっていた。道具が悪いのではない。今のやり方には、それで回ってきた歴史と、それで食べてきた人がいる。
壁2全部を一度に変える体力はない
グループ44社の経理業務を受託する阪急アクトフォーが一斉展開を選ばなかったように、対象が広いほど、いきなり全体を変える選択肢は取りにくい。日々の業務は止められず、移行の作業は通常業務の上に乗ってくる。
壁3社外も使ってくれないと、成立しない
佐藤工業の請求管理は、請求書を出す側の協力会社が使ってはじめて機能する仕組みだった。成果に「協力会社の利用率8割超」が挙がっていること自体が、そこが越えるべき壁だったことを物語っている。
二各社が取った対応
※以下は「成功企業に共通する必勝法」ではなく、掲載事例で実際に採られた対応の選択肢です。 各社が他の対応と比較検討したかどうかは、多くの場合、公開事例には書かれていません。
対応1小さく始めて、広げる
菓子メーカーの井村屋は、ペーパーレス会議をまずトップ会議1つから始め、iPadを10台で入れて後から50台に増やした。飲食業のエムズコレクションは1号店でテスト運用し、その結果を店長会議で協議してから新店舗へ展開。農協の埼玉中央農業協同組合は3つの内部会議で先行導入し、役職員が操作に慣れてから定例会議に広げた。阪急アクトフォーもグループ内の一部企業への先行導入から段階展開している。共通するのは、最初の範囲を「失敗しても業務が止まらない大きさ」に絞っていることだ。
対応2現場を、使う側ではなく作る側に置く
ドラッグストアのマツキヨココカラ&カンパニーは、RPAを情報システム部門の道具にせず、現場の担当者がプログラミング未経験から自ら開発・運用できる体制を組み、「RPAを特別視せず業務ツールの一つ」と位置づけた。化学メーカーのクラレも「自分たちで使う仕組みは自分たちで作る」を掲げて現場の声を取り込みながら設計。医療機器メーカーの日本光電は、導入にあたり現場主導のプロジェクトチームを立ち上げ、ベテラン社員を含めて進めた。押し付けられた道具と、自分たちで作った道具では、定着の出発点が違う——という思想がこの対応の底にある。
対応3新しい道具を、今のやり方に寄せる
厨房機器メーカーの中西製作所は、多機能なシステムではなく「エクセル感覚で使える」シンプルな人事評価システムをあえて選んだ。社会福祉法人ふらいは、既存のWordやPDFの契約書式をそのまま流用できることを選定の決め手にした。AGSは、エクセルで組んでいた評価の計算ロジックをそのままシステム上に再現している。変えるのは道具で、現場の手順や書式はできるだけ変えない——覚え直しの量を最小にする対応である。
対応4説明と受け皿を、先に用意する
約4万台のPCを抱える北海道庁は、全道の主要都市で説明会を開き、マニュアルを作り、ヘルプデスク体制を敷いたうえで、各課に管理担当者を置く運用に落とした。菅根開工社は、DXの必要性を現場に丁寧に伝えながら、ITパートナーの支援のもとで段階的に進めている。一方で名港海運は、大規模な研修やフロー変更をあえて行わず、日々の業務の中で小さな気づきを共有しながら少しずつ使いこなす道を選んだ——「説明の厚さ」にも、組織の規模や散らばり方に応じた幅がある。
この対応が読める事例
三対応が違った条件
巻き込む相手は、社内か社外か
対応1〜4はいずれも主に社内の壁への対応だった。佐藤工業のように社外(協力会社・取引先)が使う仕組みでは、相手にとっての使う理由まで設計する必要があり、利用率という別の指標が成果に並ぶ。
対象は、1部門か全社か
会議1つ・店舗1つから始められた事例(井村屋・エムズコレクション)に対し、北海道庁のような全庁規模では説明会・マニュアル・ヘルプデスクという面の受け皿が要った。範囲が広いほど、対応4の比重が上がる傾向が読める。
新しいやり方は、今とどれだけ離れているか
対応3を採った3社は、いずれも道具の乗り換えで手順の変化を最小化できる状況にあった。業務の流れ自体を変える導入では、寄せる余地が小さいぶん、対応1や2で慣れの時間を確保する形が多く読める。
ただし、これらは「書かれていた事例」からの読みである。各社が別の対応を検討して退けたのか、そもそも検討しなかったのかは公開情報からは分からない。条件と対応の組み合わせを、法則として扱わないでほしい。
四自社で準備すること
最初の範囲をひとつ決める
会議1つ、店舗1つ、部署1つ——失敗しても業務が止まらない大きさで、最初に使う範囲を決める。広げる順番は「毎日触るもの」からが、事例では多く読めた。
現場で最初に触る人を、設計に入れる
説明される側ではなく、作る側・選ぶ側に現場の人を置く。ベテランほど、変わることの影響が大きい人ほど、早く巻き込む。
残すものを決める
書式、計算ロジック、手順のうち、変えなくていいものを先に決める。覚え直しの総量が、現場の負担の正体になる。
質問の受け口を決める
説明会・マニュアル・ヘルプデスクを全部やる必要はない。ただ「困ったとき誰に聞くか」だけは、初日までに決まっている必要がある。
社外が使う仕組みなら、相手の理由を用意する
取引先・協力会社にとって、その仕組みを使うと何が楽になるのか。自社の効率化の理屈は、相手を動かす理由にはならない。
導入事例の成果の数字は、道具が生んだように見える。だが舞台裏の記述を拾っていくと、どの会社も「人がどう慣れるか」を道具と同じくらい設計していた。ここに並べた4つの対応は必勝法ではない——ただ、あなたの会社がこれからぶつかる壁は、たぶん珍しいものではなく、越えた会社の記録は、すでに公開されている。
この記事に登場したサービス
記事で取り上げた事例で導入されていたサービスの一覧です(掲載データに基づく表記で、優劣や推奨を示すものではありません)。
チェックを付けたサービスの提供企業へ、編集部がまとめてお取り次ぎします。