
今の営業は「先発完投型」~商談の発見からクロージングまで一人でやる時代の功罪~
製造業をはじめ、多くのBtoB企業では、いまだに**「先発完投型の営業」が主流です。
つまり——
見込み顧客を探すところから、商談を立ち上げ、提案を行い、クロージングまですべてを一人で完結するスタイル**。
この形は、日本の営業文化の中で長年機能してきました。
しかし、顧客の購買行動が変わり、オンライン接点が増えた今、
このやり方は「限界を迎えつつある」と言われています。
本記事では、先発完投型営業のメリットとデメリットを整理しながら、
なぜ今の時代に見直す必要があるのかを解説します。
「先発完投型営業」とは何か
野球にたとえられる「先発完投型営業」。
一人の営業担当が、次の全工程を自ら担当します。
- リードの発見(アプローチ)
展示会・紹介・飛び込み・Web問い合わせなどからリードを見つける。 - 課題のヒアリング(ニーズ把握)
顧客の業界背景・導入目的・課題をヒアリング。 - 提案・プレゼン(ソリューション提示)
製品・サービスの提案、デモンストレーション。 - 見積・交渉(条件調整)
価格・納期・契約条件の交渉。 - クロージング(受注)
最終決裁・契約締結。 - アフターフォロー(納品・サポート)
一人の担当者が案件の発見から契約、フォローまで責任を持つ。
これが「先発完投型営業」の特徴です。
一見、理想的に聞こえますが、現代の営業環境では多くの課題を抱えています。
先発完投型営業のメリット
① 顧客との信頼関係が深い
最初の接点からクロージングまで同じ担当者が対応するため、
顧客から見て「一貫性」があり、信頼を築きやすいのが最大のメリットです。
- 「この人に任せれば安心」と思ってもらえる
- 顧客の文脈を理解したうえで提案できる
- ヒアリングから提案までズレが少ない
特に製造業のような技術商材では、担当者の知識と信頼が重視されるため、
この一貫対応が強みになることも少なくありません。
② 顧客情報が一元化される
営業がすべての接点を担うことで、
顧客情報が一人の中に完結している状態になります。
たとえば、
- どんな背景で検討を始めたか
- 社内決裁のキーパーソンは誰か
- 過去のトラブルや調整履歴
これらが営業本人の中で整理され、
細かいニュアンスを踏まえた提案ができるのは大きな強みです。
③ 即断即決がしやすい
チームで動く場合に比べて、意思決定のスピードが速いのも特徴です。
見積や提案内容をその場で調整できるため、顧客の期待に柔軟に対応できます。
とくに中小企業やローカルの製造業など、
「スピード感」が競合優位になる現場では、
この機動力が受注率を高めるケースもあります。
④ 責任が明確で成果を実感しやすい
案件の成否がすべて自分の腕にかかっているため、
成功体験がダイレクトに感じられるのも利点です。
「自分が動いて受注した」という実感はモチベーションになり、
営業職のやりがいを支えています。
個人のスキルやコミュニケーション力が直に成果に反映される——
これが先発完投型の魅力でもあります。
一方で、時代が変わると浮き彫りになるデメリット
一人で全行程を担う「完投営業」は、
裏を返せばすべてを一人で抱え込む構造でもあります。
以下のようなデメリットが、デジタル時代ではますます顕著になっています。
① リード獲得の効率が悪い
営業が商談をこなしながら新規リードを探すのは、物理的に限界があります。
特に製造業では、1件の商談にかかる準備・図面確認・技術調整などが重く、
新規開拓に割ける時間が極端に少なくなりがちです。
結果として、
- 見込み顧客が枯渇する
- 案件パイプラインが細る
- 売上が月ごとに不安定になる
という悪循環に陥ります。
「営業が動かないと売上が止まる」構造こそ、先発完投型の最大の弱点です。
② スキルの属人化
営業一人が案件をすべて抱えると、
その営業がいなくなった瞬間に顧客情報や関係性が失われます。
- 引き継ぎ資料が曖昧
- 顧客との過去の経緯が口頭ベース
- 社内でナレッジ共有されていない
これにより、組織として営業力が蓄積しない。
経験者の離脱=企業の損失という構造が続きます。
属人化は「熟練者が強い」環境では一見うまく回りますが、
スケール(拡張性)を阻む最大の壁です。
③ マーケティングとの連携が生まれにくい
先発完投型では、リード獲得〜商談管理〜提案までを営業が握っているため、
マーケティング部門が入り込む余地がありません。
結果として:
- Webや展示会で得たリードが共有されない
- どの施策が受注につながったかが見えない
- 営業活動が「感覚」と「経験」に依存する
という構造が生まれます。
この断絶こそ、
「営業とマーケがかみ合わない」BtoB企業の根本原因のひとつです。
④ 案件数の限界
どんなに優秀な営業でも、
一人で対応できる案件数には限界があります。
ヒアリング・見積・資料作成・社内調整——
1件1件にかける時間が長いほど、
新しい案件への対応が遅れます。
これにより、
- 「忙しいけど数字が伸びない」
- 「引き合いを取りこぼしている」
といった現象が頻発します。
つまり、一人完結は効率の限界を迎える構造なのです。
⑤ 長期育成型の営業ができない
短期的に受注を取ることが優先されるため、
中長期でリードを育てる「ナーチャリング営業」が難しくなります。
商談数・訪問数・受注金額といったKPIがすべて短期指標に偏り、
半年〜1年先の売上を作る「仕込み」の活動が後回しになる。
結果的に、
- 案件の波が激しくなる
- 営業が疲弊する
- 再現性のある売上がつくれない
という“営業の焼畑化”が進行していきます。
分業型営業との比較:野球で言えばリリーフ登板
リードビジネスが前提の今の時代では、
「先発完投」よりも「分業リレー型営業」が主流になりつつあります。
| フェーズ | 担当 | 目的 |
|---|---|---|
| リード獲得 | マーケティング | 潜在顧客との接点をつくる |
| 商談創出 | インサイドセールス | 有望リードを選別・打診 |
| 訪問・提案 | フィールドセールス | 提案・見積・クロージング |
| 成約後 | カスタマーサクセス | 定着・リピート・紹介促進 |
このリレー方式では、
それぞれが「専門のポジション」として役割を果たすため、
営業一人がすべて抱える必要がありません。
もちろん、製造業のように関係性重視の商売では、
一人担当制の良さもあります。
しかし、チームとして売上を設計する発想を持たない限り、
デジタル時代のスピードには対応できません。
「完投」から「チームピッチング」へ
先発完投型の営業スタイルが悪いわけではありません。
むしろ、「関係性重視」「一貫対応」「責任感の強さ」は日本の営業の強みです。
しかし、それを維持するためには次の発想転換が必要です。
- 初期接点をデジタルに任せる
展示会やWebからのリードを自動でスコアリングする。 - ナーチャリングを仕組み化する
メルマガやセミナーでリードを温めてから営業が出る。 - CRMでチーム共有を徹底する
「営業個人のノート」ではなく、「チームの資産」として記録する。 - 営業を“クロージング特化職”に再定義する
「受注率を上げる専門職」としての役割を明確にする。
まとめ:営業の価値は「完投力」から「連携力」へ
先発完投型営業のメリットは、
- 顧客との信頼が深い
- 一貫性がある
- 機動力が高い
一方、デメリットは、
- 属人化
- 効率の限界
- 分業との相性の悪さ
時代が進み、BtoBの購買がデジタル化した今、
営業の価値は「一人で投げ切る力」から「チームで回す力」へと変わりつつあります。
営業がリードの発見からクロージングまですべて担うのではなく、
マーケ・インサイドセールス・CSと連携し、
“顧客の購買プロセス全体”を設計できる営業こそが、これからの主役です。





