
事例で有名企業が多ければよい、というわけでもない理由
大企業の事例は信頼性を高める一方で、「うちには関係ない」と思わせてしまうリスクもあります。本記事では、事例活用の落とし穴と、ターゲットに響く事例設計のポイントを解説します。
事例で有名企業が多ければよい、というわけでもない理由
マーケティングにおいて「事例紹介」は非常に強力なコンテンツです。自社の製品やサービスが実際に導入されて成果を出した、という実績を示すことは、見込み顧客に安心感を与えます。その中でも、ナショナルクライアント(大企業)の事例は特にインパクトがあります。「誰もが知る大企業が使っている」という事実は、それだけで信頼性を高め、サービスに箔をつけてくれるからです。
しかし、ここに落とし穴があります。事例が有名企業ばかりで構成されていると、かえって一部の顧客を遠ざけてしまう可能性があるのです。
社会的証明とは
「社会的証明」とは、人は自分が判断に迷ったとき、他者の行動や選択を根拠にして意思決定を下すという心理効果を指します。心理学者ロバート・チャルディーニの著書『影響力の武器』でも有名な概念です。
例:
- レストランで行列ができていると「人気で美味しいに違いない」と思う
- ネットショップでレビュー数や星の数が多いと安心して買える
ビジネスの世界では、この「他者も選んでいるから自分も安心」という心理を活用したマーケティング手法が広く使われています。
大企業事例を見せる意味
大企業のロゴや導入事例をWebサイトや営業資料に載せるのは、典型的な「社会的証明」の使い方です。
- 安心感:「あの有名企業も採用しているなら間違いない」
- 説得材料:導入を検討する担当者が、社内の上司や役員に説明する際の強力な後ろ盾になる
- 信頼性:長期利用や大規模利用に耐えられることの証明になる
大企業事例が生む「安心感」と「壁」
大企業のロゴが並ぶスライドやWebページは、確かに見栄えがします。「あの会社も使っているなら安心だ」という心理的効果は無視できません。導入を検討する担当者にとっても、上司や役員に説明する際の説得材料になります。
一方で、そこには別の心理も働きます。たとえば中小企業やスタートアップの担当者がそのページを見た時、「うちの規模には合わないサービスなのでは」と感じてしまうのです。
- 「大企業向けの価格設定なのだろう」
- 「サポート体制も大企業前提で、自分たちには過剰かもしれない」
- 「要件定義や導入にリソースが必要そうで、自分たちでは負担が大きいのでは」
このように、大企業事例は安心感と同時に「壁」をも作り出します。つまり、見込み顧客を惹きつけるどころか、「自分には関係ない」と思わせてふるい落としてしまうリスクがあるのです。
事例はターゲットの鏡になる
事例コンテンツは、ただの実績紹介ではありません。顧客から見れば「そのサービスが誰のために設計されているのか」を映す鏡でもあります。
たとえば、地域の中小製造業向けにSaaSを提供している会社が、Webサイトの事例紹介をすべてナショクラ事例で埋め尽くしていたらどうでしょうか。訪れた見込み顧客は「結局は大企業を狙っているのだな」と判断し、「自分たちはターゲットではない」と感じてしまいます。これは非常にもったいないことです。
つまり、事例のラインナップ自体が「誰をお客様にしたいのか」というメッセージを強く発してしまうのです。
「見栄え」だけを優先するリスク
企業が有名企業の事例を前面に出したくなる気持ちはよく分かります。ブランドイメージを上げたい、安心感を伝えたい、メディアや展示会でのプレゼンでも映える。これらはすべて正しい理由です。
ただし、「見栄え」だけを優先すると、ターゲットからの共感を失う可能性があります。マーケティングの本質は「自社の理想的な顧客像に、いかに刺さるメッセージを届けるか」です。もし理想顧客が中小規模の企業であるなら、その規模や状況に近い事例を見せる方がはるかに効果的です。
たとえば、
- 「従業員50名の企業が導入し、担当者1人でも回せるようになった」
- 「IT専任がいない会社でも運用できるようになった」
といったストーリーの方が、中小企業の担当者には響きます。逆に「従業員数万人の大企業がグローバル展開に利用している」という話は、参考にならないばかりか、「自分ごと」としてイメージできず、むしろ距離を感じさせます。
バランスが重要
ではどうすべきか。答えは「バランス」です。
有名企業の事例はもちろん必要です。ブランドの信頼性を担保する意味で、フラッグシップ的な役割を果たしてくれます。
しかし、それと同時に、実際のターゲット顧客に近い規模・業種・課題を持つ企業の事例も並べることが欠かせません。そうすることで「自分たちと同じ状況で成果を出している会社がある」という共感が生まれ、導入検討の一歩を後押しします。
事例ラインナップの考え方
- フラッグシップ事例
大企業、有名ブランド → 信頼性・安心感を演出 - ターゲット事例
実際の顧客像に近い企業 → 「自分ごと化」を促進 - 多様性事例
業種・課題・導入背景が異なる企業 → 幅広い応用可能性を提示
この3つをバランスよく組み合わせることで、事例は単なる「実績紹介」ではなく「見込み顧客にとっての未来像を描く材料」へと変わります。
まとめ
事例は「どんな顧客を惹きつけたいか」を如実に反映するコンテンツです。有名企業の事例は見栄えも安心感も抜群ですが、それだけに偏ると「その製品は大企業向け」と思われ、ターゲット外の顧客を遠ざけてしまうリスクがあります。
マーケティングの目的は「理想の顧客に届くこと」です。そのためには、ナショクラ事例で信頼性を示すと同時に、実際のターゲットに近い企業の事例をしっかりと用意することが重要です。
事例はただ並べるものではなく、「誰に対してのメッセージなのか」を考えて設計する必要があるのです。